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レベッカ その5

ついついマキシムよりで観てしまいがちになるので、(←ファンの性ですsweat01)ダンヴァース夫人目線で考えてみたいと思います。

シルビアさんがインタビューで言われていた、「できるだけ無表情で」というのは、わたしから見たダンヴァース夫人像の事かな?と思います。
表情がない、感情が見えないと言う事は、得体のしれない何を考えているのかわからない恐さを醸し出すのではないかと思います。そのためにできるだけ表情を出さずに演じているのではないでしょうか?

ダンヴァース夫人という人は、レベッカが亡くなった時点で、生ける屍となり、過去に生きている人ではないでしょうか?
たんたんと、日々の務めをこなしながら、心はレベッカの死の時点で止まったまま。
過去をレベッカと共に生きているのです。
だから、部屋はそのまま残し、まるで今、そこでレベッカが息づいているかの如く見せている。
多分そう信じたいのでしょう。
"レベッカはここにいる、見ている"(うろ覚え)と歌うダンヴァース夫人は恐かったです。
ぐるっと見渡しながら歌う夫人に私もレベッカを感じる気がしました。
そして、"わたし"目線で考えると、、
そりゃ、屋敷中レベッカが満ちあふれていて、あちこちで見られていたら恐いだろうなと。
姿の見えない相手とは戦えないよねと。

レベッカが亡くなったあと思い悩むマキシムはダンヴァース夫人から見たら、愛するレベッカを失って嘆き悲しむ人だったのではないでしょうか?
ある意味、同志?とも思えていたのかもしれません。
でも、実際は違う、マキシムはそれを思い悩んでいたのではない、と言う事を、観客は知っています。
こういうところ(←同じ事象が見る側—今回はマキシムとダンヴァース夫人—によって全く違う)が、随所に見られおもしろいなと感じました。

ダンバース夫人にとっては、レベッカに病気を知らされていなかったということは非常にショックだったのではないか?と推測します。
幼少の頃から誰よりもレベッカに近いと思っていたのに‥

レベッカがどんな事をしようと、レベッカを正当化するダンヴァース夫人。
レベッカは完璧なのですから。
世の中に完璧な人間などいるはずはないのに。
初めて観た時、ダンヴァース夫人は恐かったけれどだんだん哀れに見えてきました。

ひょっとしたら、精神的自立という面では、誰よりも自立していなかったのは、ダンヴァース夫人なのかもしれません。暴論かな?

その6に続きます

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